A LONG VACATION

きまぐれ

6ヶ月の旅に出た理由

 

 

 

◎はじめに

僕はこの4月から大学に休みをもらい、最初の4ヶ月で資金を稼ぎ、そして6ヶ月をかけて外国を旅をすることにした。

現在はその旅の1ヶ月目が終わろうとしているところだ。

そんななか、ワルシャワへ向かうバスに揺られながら、ふと、改めて旅に出た理由を整理してみようと思い立った。

 

◎「なぜ旅に出たのか。」

①「大学生活を一時停止する」

これに関しては、とても重要な理由であるものの、個人的な事情が大きく関わるので公の場では詳細には述べないことにする。

簡単に言えば、

「周囲の当たり前や幸せという流れに溺れかけていたので、一旦、陸に上がりたかった。」

という感じ。

それと、留学して外国語で勉強したいと思えることが自分にはまだないし、なるべく色んな土地を訪れたかったので留学は選ばなかった。

 

 

②「外に出ることで、正しく内を見る」

成人式で、「地元LOVE卍」と言っている人たちを見て、こう思った。

外に出ないで内の良さや悪さが理解できるのだろうか?と。

僕は上京するまで、東京はどこもかしこも人で溢れているし、人は冷たくて、ドライだと思っていた。

しかし、東京で暮らして初めて、それがどれくらい正しくて、どれくらい正しくないかが分かった。いや、まだまだよく分かってはいない。

でも、東京に出ることで大分の良いところ、そうでないところが見えたし、逆に東京の良いところ、そうでないところも見えた。それは客観的にも主観的にも。

それにマレーシアに行ったときには、日本の良いところやそうでないところが分かった。

つまり、外を知り、相対化しなければなかなか自分の身の回りの本質は見えにくい。灯台下暗しという言葉もあるように、周囲のことほど、自分にとって当たり前のことほど、日頃は気にとめにくい。自分や自分の周囲の問題に気付くためにも外に出ることは大事なことだと思う。

そのように、日本を知るために世界を知りたい、そのために外国へ出たい、ということも旅に出た理由の一つだ。

 

 

③「すぐに食べられる果実ではなくても、その種を拾う」

知人に対して旅に出ると言うと、

「その旅を通じて何を得たいの?」

と訊かれることがあった。

そこで僕はモヤモヤした。

そのモヤモヤはたぶんこういうことだ。

 

旅に出ることに対して、休学というコストに対して、それに見合うリターンを得なければいけない、とは僕は思わないし、あまり思いたくない。そういうふうに考えながら旅をしたら打算的になり、大事なことを見失いそうだからだ。

 

しかし、せっかく休学をするからにはただの「観光旅行」では終わりたくない。いま見るべきもの、いま行くべき場所、いま感じるべきものを自分なりにある程度選択しながら、旅をしなければいけないな、とは常々思っている。

そのなかで、「就活に役立つ」とか「いますぐに身につく」というような果実ではなく、その種を得られればそれでいいと思う。

例えば、マレーシアへ行ったとき、僕はエジプト人とイタリア人の女性に出会った。エジプト人の女性はムスリムであった。イタリア人の女性は、イタリアには仕事がないから、いまはベルリンで暮らしている、と言っていた。

その出会いが種となり、僕は初めてイスラム教について興味を持ち、学ぶようになった。また、EUの南北問題も身近な出来事として感じられて、興味を持った。カトリック諸国とプロテスタント諸国の明確な違いを知るきっかけにもなった。

 

そうした、物事を知ったり、興味を持つキッカケが得られればそれで十分だと僕は思っている。日本に帰ってから勉強すべきこと、学びたいことのタネをそこから育てていけばいいのでは、と思う。

また、そういうタネは自分とは異なるもの、自分にとって未知なものに触れたときに得やすい。だから、旅を通して、そんな種をたくさん得たいと思う。既にいくつかの種を見つけているが、それについてはまた書こうと思う。

 

 

④「自分の五感で体験したことを語る人の話は面白いし、魅力的」

 

 高校時代の世界史の先生は他のどの先生とも違う、異様な魅力を持っていた。

 その先生は大学時代、3ヶ月をかけて30万円ほどで世界を一周し、成田空港に帰り着いたときには栄養失調で倒れたらしい。スマホやインターネットという便利な道具のまだないバブル時代。先生は南アジアから新疆ウイグルまで北上し、そこから中東を通って、ユーラシア大陸を渡った。先生が淡々と語るその旅の話にはいつもとても惹かれた。

 特に、

「アフガニスタンに入ったときに見た、あの光景が忘れられんなぁ…」

と遠い目をして呟いた姿はなんとも言葉にしがたい魅力で溢れていた。

 「ああ、この人は僕の知らない無数の世界を知っているんだなあ…」

と考えずにはいられなかった。

 

 大学に入り、ひとり旅のサークルに入ったので、そういう他人の外国の話を聴く機会が増えた。どの人も自分の体験熱くを語る姿は魅力的だった。

誰かに聴いた話、テレビで言っていた噂、本に書いてた事実。そういうことではなく、自分の肌で触れて、唯一無二の体験をした人の話は素敵だ。自分もこうなりたいなあ、と旅の話を聴く度に思ってきた。

 もっと色んなことを自分の言葉で話したい。

これも理由の一つだ。

 

⑤「純粋に、外に出たい」

ダラダラと書き進めてみたものの、なんだかんだ僕が旅に出た理由は一言に尽きる。

それは、

「行きたいから行く。そのために金がいるから働く。」

 長く書きながらも、結局、これに尽きる。 本当に好きなものに理由はないし、理由をつけるだけ野暮ったい。

 例えば、僕は1970年代のアメリカのロックが好きだが、EDMはあまり好きではない。 どうして、と言われても、まあ理由を挙げられることは挙げられるが、突き詰めれば、それが好きだから、としか言いようがない。 外国へ行って、その土地の人々の営みを見るのが好きだから、行く。

結局、それで十分なのではないか。

 

◎まとめ

好きだから行く、とは言うものの、あえて旅に出た理由を挙げるなら、上に挙げたことだった。

①大学生活、ちょっと脱線が必要だと感じた。

②自分や自分の周囲を相対化して正しく見つめ、考えるために外国を知りたかった。

③残りの大学生活、それ以降の人生における、まだ見ぬ何かしらのきっかけを得たかった。

④自分の言葉で語れることの多い人間になりたかった。

 

 窓の向こうではワルシャワ郊外の夜空に満月が輝いている。